あなた以外は風景になる

その人以外見えなくなった時のことを書いておきたい

【雑記】「それいぬ。正しい乙女になるために」

■それいぬ。正しい乙女になるために 嶽本野ばら

 

今じゃすっかり遠退いたけど私は読書の虫だった。

常に複数の本を並行して読み進め、ご飯を食べながら歯を磨きながら手から本を離さなかった(お風呂は濡らしそうだから極力持ち込まなかったけど濡れて捨ててもいい雑誌を持ち込んだりはしていた)。夢中になって読んだ愛しい時間だった。

読書好きというよりも活字中毒・活字依存の気があったのかもしれない。手持ち無沙汰の時は何でもよかった。辞書や電話帳、歯磨き粉のチューブの裏。とにかく目が活字を追っていると安心できた。

それがツイッターをはじめたらそっちに夢中になってしまい、本を開く頻度よりも断然画面をスクロールするほうが増えた。ツイッター中毒・ツイッター依存とは私のことです。間違いはございません。

 

そんな私の、本が繋ぐちょっとよい夏の出来事。

 

ライブやツイッターがきっかけで知り合うという縁は沢山あるけれど、最近15歳の双子の姉妹と出逢った。物凄い年の差があるけれど彼女たちは大人で、そりゃたまには年相応に青春の疼きに身をおいているところも見かけるけれどそれは当たり前のことだし、私だって不安定なところは当時もそしてこの歳で恥ずかしいほどある。そんなことよりも同じものを同じように愛せていることの方が私にとっては大事だった。友達っていったら向こうには嫌がられるかもしれないけれど、私は親愛なる気持ちでいる。

そんな彼女たちのひとりが、最近友達に勧められて嶽本野ばらに出逢ったという。それを聞いて私は心からいいな!と思った。

彼の作品を読んでいる人なら、15歳であの作品たちに出逢うことの幸せがわかると思う。

傑作に出会うのに年齢制限はないけれど、読み時に旬がある作品というのはある。彼の作品に出てくる清潔で孤高で美しくて、でも俗で意地悪でグロテスクな部分がきちんとある人たちを、一番ぴったり愛せるのって15歳なんじゃないかって思っていた。私が出逢ったときはそれを越えてしまっていたから余計に思うのかもしれない。ああ、もっと早くに出逢っていたかったなと読みながら心から思ったからだ。

 

お勧めの作品を聞かれて幾つかタイトルを挙げた。それを考えるだけで幸せな時間だった。それを読んでくれるはわからない。でも本が好きな人にとって、好ましい存在の人にそんなことを聞かれるって相手が思う以上に幸せな時間だ。

久し振りにそんな経験があり、クローゼットの片隅に何度も読み返した彼の文庫本を見つけて鞄に詰めたのは本当に偶然だった。旧くて綺麗とはとてもいえないその本はエッセイで、彼のデビュー作だ。もう15年前に出たその本を私は何度も読んだ。彼の彼らしい美学が沢山つまったその本。もう何年も開いていないのに何度引っ越しをしてもずっと手元においていた本。それを彼女に進呈しようと彼女に差し出したときの顔は忘れられない。タイトルを認めたとき、その年下のお友達は空気を染めるような驚きの顔を見せたのだ。

『探していたんです、どうしても見つからなくて』

ちょっと震えるような小さな声でそう言ってくれた。一冊の古本が若い彼女の頬の輝きを増した。この本は幸せな場所をまた見つけたのだ。

 

ねえ、少し出来すぎな物語ですよね。でも本当。これ自体がまるで嶽本野ばらの世界のようだ。自分と同じように彼女の手元にこれが永くあるようにとは願わない。本は所詮はモノだし、私の手元を離れたらどうされようといい。ただこの夏のほんのひとときだけ、柔らかいあの子の心に刺さる時間をもたらしてくれたら心から嬉しい。