あなた以外は風景になる

その人以外見えなくなった時のことを書き留めたい

Laika Came Back 「立冬の砌 」at.東京 日本基督教団 根津教会 2018/11/23


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 いつもの足取りで彼は入室してきた。そう、私たちがよく知るあの軽やかな足取りで。片手にギターを携えて。


 進むだけで空気を切り取るような、背筋が気持ちよく伸びた背中。文字通りの意味で顔色を伺う、心配そうな顔たちへ向けて、ちょっと照れくさそうにしつつ小振りのアコギを抱える。元から色白だけど今日は一段と白いな、というのが正直な感想だった。


 深くしなやかなお辞儀と共に、一曲目が始まる。

 

 彼の演奏は「ひとり」だ。弾き語りではなく、ギターひとつで全てのパートを奏でる。弾き、こすり、叩き・・・この手元から生まれる音はもしかしたら無限なのかなあと思うくらい幽玄で多彩だ。足元に置かれたルーパーエフェクターを器用に使い、演奏していく。その日その時の音は車谷さんだけでなく私たちの息遣いまでも取り込めるような気さえして、いつも息を潜めて耳をすませてしまう。


 一曲ごとに、足元の機材を少しいじる間、拍手もせずに彼の準備を待つ時間が発生するのだけれど、この日はなんだかいつも以上に静謐で輪郭が濃いように思えたのは、そこが教会という神聖な場所だったからだろうか。段上には分厚い聖書が置かれ、白い壁によく映えていた。傍らに百合を中心に白い花ばかり活けられた大きな花瓶。花瓶の前で生まれる音の波動で空気が振動するのか、演奏中に時折強く百合が薫るのが印象的だった。

 

 ライカとしての持ち曲はほぼ演奏したのではないだろうか。手元に置かれたセットリストには、びっしりとタイトルが書かれていた。少ないMCの中で何度も「今日は僕の少ない親友たちの協力で開催することが出来た」と愛しそうに繰り返し「予定通り、削ることなく全て演奏することができました」と嬉しそうに笑う顔がまぶしかった。急病で直前のライブをキャンセルしたことについては一言も触れなかったが、ファンが心配しているのを知らないわけがない。その一言が全てを伝えてくれたと思う。

 

 オリジナル楽曲はいつものごとく素晴らしいけれど、今回は「この歌が好き過ぎて歌えなかった」とやや緊張気味に披露した、サイモン&ガーファンクル『スカボロー・フェア』、そして『アメイジング・グレイス』のカバー二曲に胸を打たれなかった人はいないのではないか。どちらもあまりに有名な曲であり、思い出や思い入れのある人もいるかも知れない。しかし、どこまでもまっすぐに高い天井へ吸い込まれるように伸びていく声は、車谷さんの平和への祈りと感謝の気持ちが痛いほどに伝わってきた。ただ彼のことを思い、今日この日を迎えられた幸せに感謝する気持ちで全身が満たされた。

 

 カバー曲を含め、圧倒的な空気にただ身を任せるしかなかったが、本編最後の『天空の彼方』、そしてアンコールの最後を締めた『駿馬』で涙を堪え切れなかった。なんて優しさに満ちた歌、そして場所なんだろう。

 

遠い日の涙 すっと流れた 運命が見えた

天空の彼方 天空の彼方 天空の彼方へ(天空の彼方)

 

もうそんなに もうそんなに 悲しまないで 

そうだほら その調子 

もう少しそのまま もう一息 

そうだ このまま進め(駿馬)

 

 思わず胸に手をあてていた自分に、そうかと気づく。この歌もまた祈りなのだ。

 

 拍手で送り出した後も、心がなかなか現実に戻れなかった。それは自分だけでなかったようで、会場のあちこちでも放心したように座っている人や、「現実に戻りたくない・・・」という声も聞こえた。

 激しいリズムや大きな音はなくても、耳目を集めることが出来るということをライカは教えてくれると思う。大きな声で放たれたメッセージは、強いパワーで確かに伝わりやすい。しかしそうではない手法だってあるはずだと、過不足なく手元まで届けられる音楽で、彼は言ってくれている気がする。車谷さんの手の中で生まれては消えていくはかない音へ集中し、彼の気持ちへそっと寄り添い寄り添われるような感覚。音楽を挟んで、演奏家と観客が近しい存在になれると感じる。完全にわかりあうことは出来なくても、音楽が間にあるときは同志になれるような、心地。こんな時間が持てるなら、世界はきっと少しは変わるのではと信じられるようなひとときだった。

 


 最後に買ったCDにサインを入れてもらい、最後に握手と「また逢いましょう」という言葉を貰った。人生の大半という長い間ずっと憧れている人と再会を約束できることの幸せな重みと、同じ時代を生きて巡り合えたことにまた感謝せずにはいられなかった。


 必ず、生きて、また逢いに行きます。